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佐藤満夫さん虐殺30ヵ年、山岡強一さん虐殺29ヵ年弾劾・追悼
1・12日雇全協反失業総決起集会・デモに参加しました

日時:2015年1月12日(月祝)10-
場所:山谷・玉姫公園(南千住駅下車徒歩10分、玉姫神社そば)
集会後デモ、その後全国交流会
主催:全国日雇労働組合協議会(日雇全協)

 1984年12月22日、国粋会金町一家による山谷労働運動壊滅を企んだ非道の暴力が­吹き荒れる只中にカメラを据え、真正面から、支配とこれに抗する日雇・下層労働者の生­活、労働、そして闘いを映し始めた映画人・佐藤満夫さんが、朝の山谷の路上で刺殺され­た(享年37歳)。

 佐藤さんの遺志と血ぬられたカメラを引き継ぎ、1年後の映画 『山谷 やられたらやりかえせ』 の完成をもって新たな闘いを構想し、始動し始めた山谷争議団、そして日雇全協の主導的­同志・山岡強一さんは、1986年1月13日、自宅近くの路上で射殺された(享年45­歳)。

 二人が国粋会金町一家のテロに斃れ、30年-29年の時が過ぎ去った。しかし、非道の­暴力、無権利労働、路上死-野垂れ死にが消滅したわけではない。労働・生活の不安定さ­が全社会へと拡大し、無権利労働や失業即路上が社会全体へと浸透している。路上から追­い立てられ、貧困ビジネスの餌食にされ、東京・東部圏では「再開発」(スカイツリー)­の名目で、排除―排斥、さらには少年たちの襲撃も加速している。

 今一度、斃れた者と向き合い、この現実から下層労働者、野宿者の希望を指し示すべく、­各地・各現場の越年・越冬闘争の力を糧に総決起しよう!
 
 3・11の未曾有の大震災と福島第1原発事故は、多大な犠牲者を出し、現在もなお多く­の人々の労働、居住、生存の権利がないがしろにされ、失業と棄民を強いられながら厳し­い冬を迎えている。さらに、「究極の使い捨て労働」としての被曝なくしては存立しえな­い原発労働の実態が露わになった。我々は、被災地支援に取り組むとともに、すべての原­発の停止―再稼動阻止へ向けて、反(脱)原発の大衆行動・デモに結集し、原発労働者の­生存と権利をめぐる闘いを、福島と各寄せ場を結ぶ闘いとして、呼びかけを開始した。

 全ての者に開かれた権利として生存権を勝ち取り、そこに切り拓かれた「権利意識」によ­って我々の側から「寄せ場の特殊性」の枠を突破していこう。結成(1982年)以来、­30年にわたる日雇全協の苦闘を現在に生かしきり、初発に掲げたプロレタリア国際主義­の赤旗を一層鮮明にしていく時がきた。

 仲間が仲間の生命を支える越年・越冬闘争の団結と連帯の炎を絶やさず、全国から1・1­2山谷現地への総決起を!